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置屋根・草屋根 古くて新しい住宅の「エコ」へのアプローチ.1
2011年07月21日こんにちは。
大家さんのための賃貸経営マガジン「オーナーズ・スタイル」
編集長の上田です。
木曜日は「雑学いろいろコラム」です。
建物を構成するあちらこちらの部分のうち、
昼間、
もっとも沢山、
太陽の光を直接浴びる箇所はどこでしょうか。
答えは、当然ですが、
屋根・屋上です。
そのため、
太陽の光で発電する太陽電池パネル、
同じくその熱でお湯をつくるいわゆる「ソーラーシステム」の
集熱板、
これらは多くの場合、
屋根や屋上を選んで設置されます。
そこから、ひとつのことがわかってきます。
この屋根や屋上を色々と工夫することで、
建物や住宅は、
その室内に伝わってくる太陽の熱の多くを軽減させることが
できるのです。
たとえばそのひとつが、
「置屋根(おきやね)」
です。
いまは多くの人々が存在を忘れてしまっていますが、
古い農村などを歩くと、
いまでも不意に、
置屋根を載せた蔵が目に飛び込んだりすることがあります。
ときにはその軒下から、
斜め上空の空がわずかに見えたりするので、
「え!壁が壊れている・・・?」
と、ちょっとびっくりしたりもします。
ちなみに、有名な例では、
山形県の酒田市にある観光スポット、
「山居倉庫」
が、この置屋根を利用した建物として、よく知られています。
置屋根は、
文字通り、「置いてあるような構造」になった屋根を
言います。
具体的には、
建物の屋根や屋上の上に、支柱を持ったもう一枚の屋根を
傘のようにかぶせるのです。
この工夫によって、建物本来の屋根や屋上と、
置屋根との間には、
一定の空間が生じます。
そこを風が流れることによって、置屋根が浴びた太陽熱は
建物本体にあまり伝わらなくなり、
一方、
建物内に生じた熱も、
置屋根との間にある隙間に流れていきやすくなります。
外からの熱をさえぎりながらも、
内側の熱は外へ逃がすのです。
開口部が少なく、
換気での温度調節がしにくい蔵にはまさに「もってこい」。
実に巧妙な仕掛けといっていいでしょう。
山居倉庫では、
太陽熱を避けながら倉庫内の米が発する熱を逃がしてやる
一石二鳥のシステムとして、
置屋根が採用されているのだそうです。
そこで、
こうした置屋根をいま、
住宅などにも採用しようとする例が、
わずかづつながら増えているようです。
その名称も、
置屋根のほか、
「二重屋根」、「ダブル・ルーフ」など、
施工者によって色々ですが、
ねらいとするところは、古来の置屋根と同じです。
また、住宅のみならず、
学校校舎の暑さ対策として既存のコンクリートの屋上に
置屋根をかぶせ、
見事に教室内の天井表面温度を下げた実例も、
近年報告されています。
住宅の「エコ」を充実させる工夫のひとつとして、
置屋根は今後、
脚光を浴びることになっていくかもしれません。
来週は続けて「草屋根」のお話しをいたします。
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「陰翳礼賛」から80年、日本の夜が変わっていく予感
2011年07月14日こんにちは。
大家さんのための賃貸経営マガジン「オーナーズ・スタイル」
編集長の上田です。
木曜日は「雑学いろいろコラム」です。
先々週、
この「雑学いろいろコラム」で、
谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」を採り上げました。
(→当該記事)
今日はもう一度、
この昭和の初めに発表された、古い随筆にふれてみましょう。
その前に、
これも先日のことですが、
私はこのブログの「鎌倉大家日記」に、
「夜の照明はずっと節電で良いと思う、ちょっと変わった理由」
と、いう記事を書かせていただきました。
不幸な震災による原発事故がひきがねとなって、
社会に節電の機運が高まり、
そのためすっかり暗くなった、最近の首都圏などの夜ですが、
私はこれに関して、
「不便は感じない」
「今後もこのくらいでいいのでは」
さらに、
「世界中を見渡しても、
夜がこんなにも明るかった国は(節電以前のこと)、
日本のほか無かったのでは?」
と、記しました。
そこで思うのですが、
それでは日本は、
いつから、
それほどまでに「夜が明るい」国になったのでしょうか。
谷崎の「陰翳礼賛」をひもとくと、
こんな記述に出会います。
「先年、武林無想庵が巴里(パリ)から帰って来ての話に、
欧州の都市に比べると東京や大阪の夜は格段に明るい」
(武林無想庵は谷崎よりも少し年上の文学者です)
さらに加えて、こうあります。
「(上記の)無想庵の話は今から四、五年も前、
まだネオンサインなどの流行り出さない頃」
よって、
「今度彼(無想庵)が(日本に)帰ってきたら、
さぞかしびっくりするだろう」
とのことで、
まだ昭和もヒトケタの頃、地方の町や村などはともかく、
日本の都会ではすでにネオンサインも輝き出し、
谷崎記すところ、
「恐らく世界じゅうで電燈を(もっとも)贅沢に使っている国は、
アメリカと日本であろう」
そんな、
すっかり進んだ(?)状況となっていた様子です。
もちろんその後、開戦・終戦を経て、
たちまちアメリカをも置き去りにし、
高度成長の頃以降、
日本が世界で一番「夜が明るい国」になったことは、
多分、間違いのないところでしょう。
谷崎は、
そうした日本の行く末を
「日本の美は本来、暗がりにこそ見出されてきたはずだ」
との美的観点から大いに危ぶんで、
「陰翳礼賛」
を著したわけです。
ところで、
震災や節電のこととは関係なく、
それ以前より、ここ数年来、
家庭の照明など、日本の灯りにはいわゆる「電球色」が
増えたような気がします。
電球色とは、白熱電球のような、
橙(だいだい)色の光のこと。
昼間の太陽光のように白っぽく明るい「昼光色」に比べ、
電球色はやや暗く、
夜の室内に、まさにほどよい「陰翳」を
醸し出してくれます。
実はこうした「電球色支持」の傾向は、
いま注目のLED照明の売れ行きにもはっきりと表れて
いるとのこと。
この4月の報道によると、
ある大手家電量販店では、LED電球の売れ筋1位は、
やはり、電球色なのだそうです。
谷崎潤一郎の憂いから80年近くを経て、
私達はいま、遅ればせながら、
「陰翳礼賛」を始めつつあるのかもしれません。
涼をよぶ打ち水。やり方を間違えると・・・
2011年07月07日こんにちは。
大家さんのための賃貸経営マガジン「オーナーズ・スタイル」
編集長の上田です。
木曜日は「雑学いろいろコラム」です。
「打ち水」をして涼しさを呼ぶ・・・。
節電がテーマのこの夏、
エアコンに頼らない暑さ対策のひとつとして、
例年以上に実行する人が増えるかもしれません。
ところが猛暑だった去年、
実はこんなことがありました。
新聞報道によると、
「市が行っていた散水車による『打ち水作戦』が、
市民の苦情によって中止となった」
と、いうのです。
場所は岐阜県多治見市。
埼玉県の熊谷市に並んで知られる、猛暑の町です。
その際の市民の声によれば、
「散水直後は気温が下がるように思う。しかし間もなく、
撒かれた水が湯気となり、さらに暑くなる気がする」
とのこと。
確かに、
「炎天下、庭や道路に水を撒いたが、
効果はその一瞬だけのような気が・・・」
これは、私達にも普段、
思い当たることかもしれません。
すると、
打ち水には、実のところ、
涼をよぶ効果がないのでしょうか。
そうではないようです。
どうも、多くのところで、
打ち水は、
それを行うタイミングを間違えられてしまっているようなのです。
たとえば京都の街で、
夏、日がかげってから、
旅館や料亭、老舗などを訪れると、
誰もがすぐに気がつくはずです。
庭や玄関先などの地面が、しっとりと濡れています。
打ち水されたばかりなのです。
実は、
打ち水のベテランである彼らは、炎天下の真昼間には
水を撒きません。
朝や夕方に、打ち水をするのです。
理由は多治見市民の苦情とまったく一緒です。
暑い昼間に水を撒いても、
たちまち蒸発し、
涼しさが長続きしないばかりか、
大抵の場合、
かえって蒸し暑く感じられてしまうそうなのです。
少し以前まで、京都での打ち水は、
旅館や料亭だけでなく、
一般の家々においても、習慣として行われていたといいます。
科学的な根拠はともかく、
彼らは、その肌が示す感覚で、
打ち水で涼をよぶためのタイミングを知り、
代々、これを心得ていたにちがいありません。
ですがこのことは、
エアコンもなく、扇風機も無い時代には、
本来、
日本中の人々が知っていたことなのではないでしょうか。
「陰翳礼賛」に見る、文豪が礼賛するトイレ
2011年06月30日こんにちは。
大家さんのための賃貸経営マガジン「オーナーズ・スタイル」
編集長の上田です。
木曜日は「雑学いろいろコラム」です。
賃貸経営の話題の中に、時々トイレの話が出てきます。
このブログでも、
トイレ・バスが一緒の物件の不人気にかかわって、
たびたび話題を採り上げていますし、(→先週水曜日も)
少し前には、
「超節水型」とよばれる最新型のトイレを紹介させて
いただいたこともあります。(→当該記事)
ところで、
谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」といえば、
暗がりに美を見出してきた日本の文化を「礼賛」し、
それが失われゆくことを惜しんだ昭和初期の名文ですが、
この中にも、
文豪・谷崎がトイレについて語った一節があります。
谷崎潤一郎は、なんとここで、
「日本の建築の中で、一番風流に出来ているのは厠(トイレ)で
あるともいえなくはない」
と、主張するのです。
但し、その「風流」は、
当然ながら、
日本の古い時代のトイレが備えていたもののことです。
この古いトイレの風流を
文豪はなんとか自宅の水洗トイレに再現したいと
考えましたが、
「よほどの手間と費用がかかる」
ため、あきらめるほかなかったのだそうです。
谷崎潤一郎が礼賛した日本の古いトイレの風流とは、
どんなものだったのでしょうか。
「陰翳礼賛」から、その様子を意訳しながら引用すると・・・
それは
「必ず母屋から離れて」、
「青葉やコケの匂いのしてくるような植え込みの
陰に設けてあり」、
「薄暗い光線の中」、佇んでいるのだそうです。
もちろんそこは、
「閑寂な壁」と、「清楚な木目」にかこまれた、
清潔な空間でなくてはなりません。
用を足しながら「窓の外の庭の景色を眺め」つつ、
さらには、
「瞑想に耽る」こともできるような場所こそが、
昔の日本のトイレだったとしています。
さらに谷崎は、
(彼曰く)とりわけ「関東の厠」に見られるものとして、
「床の細長い掃き出し窓」
に言及します。
この窓があるため、
「雨の日などは、軒端や木の葉からしたたり落ちる水滴が
庭を潤しながら土に沁み入る、
しめやかな音をひとしお身近に聴くことができる」
とのこと。
よって、こうしたトイレは、
「虫の音によく」、「鳥の声によく」、
「四季折々のもののあわれを味わうのにもっとも適した場所である」
というのが、文豪の意見です。
いかがでしょうか。
皆さんにはこんなトイレを使った記憶がありますでしょうか。
使ったご経験がもしおありならば、
谷崎潤一郎が贈る礼賛ほどではないにしても、
こうした昔のトイレが持っていた風流な面を
懐かしく思い出される方は結構多いかもしれません。
一方で現在は、時代も大きく進んでいます。
生まれた時以来、
水洗トイレしか見たことのない若者達、
それどころか、
和式トイレの使い方がわからずに戸惑う子供達も
いまは沢山いるのだそうです。
かつての震災復興で脚光をあびた「モルタル」の話
2011年06月23日こんにちは。
大家さんのための賃貸経営マガジン「オーナーズ・スタイル」
編集長の上田です。
木曜日は「雑学いろいろコラム」です。
「モルタル」は、
セメントと砂と水を混ぜて作られます。
昔から私たちの周りにある、ありふれた建材です。
ですが、
ふと見回してみると・・・
ありふれているはずが、
最近はそうでもない様子です。
いま、
新築される多くの住宅の外壁は、
モルタルではありません。
施工期間が長くなりがちで、
ひび割れの発生がつねに心配。
また、扱うには一定の技も必要なため、
職人さんの腕の違いが仕上がりに影響しやすい・・・
などといわれるモルタルは、
いつの間にか、
住宅外壁材の主流としての立場を追われていたようです。
「7割くらいがサイディング(不燃外壁材の板)仕上げでは」
という人もいます。
ですが、
モルタルにもいいところがあります。
そのひとつが、
デザイン性の高さです。
モルタル壁は、
出来上がった「製品」を選んで使うサイディングとは違い、
言ってみれば、
現場で創り上げる「作品」です。
職人さんが腕をふるうことによって、
形状や仕上げなどに
さまざまな工夫を凝らすことが出来ます。
塗装を吟味する、タイルなどの装飾材を組み合わせる、
その際、
目地のかたちを色々と考える、
などといったことで、
安っぽさのない味わい深い質感、
あるいはお洒落な雰囲気を醸し出させることも可能です。
このモルタルですが、
日本の住宅に大きく普及するそのきっかけとなったのが、
関東大震災だといわれています。
燃えにくいモルタルによる外壁は、
住宅火災対策の決め手のひとつとして、
大正9年の市街地建築物法に盛り込まれました。
その3年後、
関東大震災で大きな火災が発生し、
沢山の建物が灰になりました。
その復興の過程で、
タイルや金属板など、他のいわゆる不燃材とともに、
モルタルは注目を集めることになり、
都市の住宅を火災から守る重要なカギとして、
いわば日本の住宅の「顔」のひとつとなったのです。
モルタルが増えたおかげで、
日本の住宅と住宅地は、
火事になっても以前ほど延焼を起こしにくく、
街を焼き尽くすような、「大火」を招きにくいものと
なりました。
ですが、
一方で、こうした住宅の一律な「不燃化」は、
壁にも軒にも木肌の見えない、
「のっぺりとした風情に欠く家々を増やした」
「日本の都市の家並みを味気ないものにしてしまった」
そんな意見も
数多く聞かれるようになっていきました。
しかし、
いかがでしょうか。
その燃えにくさが注目されて世に広まったモルタルですが、
先ほど述べたように、
この建材には、
本来、仕上げの工夫がしやすく、
デザイン性やオリジナリティなどを求めやすいという
側面もあるのです。
防火、耐火のための機能専一なモルタルに
見慣れたあまり、
多くの人が、このことには気付いていないのかもしれません。
最近やや不人気な様子が窺えるモルタルの
名誉回復の機会は、
これから徐々に訪れるものであるのかもしれません。