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「液状化」のおさらい・その仕組みと危険性
2011年09月29日こんにちは。
大家さんのための賃貸経営マガジン「オーナーズ・スタイル」
編集長の上田です。
木曜日は「雑学いろいろコラム」です。
地盤の液状化。
主に地震の際に発生するこの現象について、
いま、多くの人がその様子や被害の実態を知り、
「わが家の建つ土地は、地域は、大丈夫なのか?」
と、心配もしています。
地盤の液状化現象は、
・ゆるい砂地盤
・地下水
・振動
の三つの要素の組み合わせによって引き起こされます。
原理を説明しましょう。
たとえば、
思い出してみるとよいのは、
インスタントコーヒーの広口ビンなどに、
詰め替え用の新しいコーヒーの粉を
入れるとき・・・。
ビンの中でふんわりと盛り上がった粉が、
横からビンを
トントン、と叩くことで、
カサを減らし、
体積を減らします。
ビンを叩いたことで起こる振動によって、
粉の一粒一粒の間に挟まっていた空気が上に抜けたのです。
その抜けた部分に粉が次々落ち、詰まっていくことで、
こうした現象が起こります。
地盤の液状化の場合、
このコーヒー瓶の「空気」が、
「水」に変わります。
振動を受け、
密になろう、体積を減らそう、とする砂。
一方、
逃げ場をもとめて砂粒の間を移動する水。
さらにこのとき、
水は、
動き出した砂による圧縮をうけることで、
潤滑剤のような働きをし始めます。
砂粒同士の摩擦・つながりをゆるめてしまうのです。
地盤はこうした条件によって、ゆるゆるの、まさに「液状」となり、
上に載っていた建物が傾いたり、
地下から逃げてきた水が砂とともに地表に噴出したりといった
状態が生まれます。
これが、
私達が、地震報道などでよく目の当たりにする
主な「地盤の液状化現象」の姿です。
加えて、
地盤の液状化が引き起こす、さらなるおそろしい現象として
知られているのが、
地盤の「側方流動現象」です。
地下のゆるい砂地盤が、
振動で液状化することによって、
その上に載っている固い地盤などが、
側方に流動、
いわば「横に滑ってしまう」のです。(速報流動現象のうちの主な例)
これが起こると、
地下深くまで杭基礎を打ち込んだ堅固な建物や構造物も、
もはや安心できません。
なぜなら、
これらの基礎杭は、ゆるい砂地盤のさらに下、
深い地下にある固い岩盤等にまで
その先端が打ち込まれているのですが、
側方流動現象が起こるとどうなるか・・・?
建物などが建っている位置と、
杭の先の刺さっている場所が、要はズレてしまうわけですから、
杭は曲がり、
最悪の場合、力に耐えられず折れてしまうのです。
深い杭基礎に支えられた
大きな建物や構造物も、
こうなると、まさに足場を失ってしまうことになり、
次には転倒の危険が生じることに
なるわけです。
こうした恐ろしい地盤の液状化現象。
来週は、
その対策手段について、お話しをしたいと思います。
川柳が描く江戸の長屋の暮らし その3
2011年09月22日こんにちは。
大家さんのための賃貸経営マガジン「オーナーズ・スタイル」
編集長の上田です。
木曜日は「雑学いろいろコラム」です。
先々週、先週と、
江戸の長屋の暮らしにまつわる川柳を紹介してきました。
今週は最後です。
こんな一句を紹介させていただきます。
「夕立に取り込んでやる隣の子」
暑い夏の午後。
突然の夕立が、江戸の下町を襲います。
連なる裏長屋の屋根も、
見る見る大粒の雨に濡れ、
井戸端会議のおかみさんたちは、慌てて洗濯物を取り込みながら、
外で遊んでいる子供たちを呼び寄せます。
自分の家の子も、
隣の家の子も、
みんな一緒に駆けてきて、
長屋の木戸をくぐります。
「うちの子」、「あそこの家の子」
関係なく、
皆、一緒に、近くの家に飛び込んで、雨宿りです。
なぜならば、
「うちの子」、「あそこの家の子」
彼らは皆、
元気な「長屋の子」なのです。
貧しい江戸の裏長屋での暮らしは、
譲り合いと頼り合い、
持ちつ持たれつの毎日のくりかえしでした。
病気になれば看病してくれるのは近所の人。
祝い事があれば近所総出で祝ってくれる。
近代的な社会保障の仕組みが整っていなかった代わりに、
小さく濃厚なコミュニティが、
そこではしっかりと機能していました。
「夕立」も、
おおげさに言えば、人々の生活を襲う自然災害のひとつです。
貧しい裏長屋の小さなコミュニティは、
この災害に対して、
「夕立に取り込んでやる隣の子」
という、
すぐれた危機管理のシステムをつねに備えていた
とも、いえるでしょう。
さて、以上、
三週にわたって、
江戸の長屋の暮らしとそれにまつわる川柳を
紹介してきました。
いかがでしたでしょうか。
川柳が描く江戸の長屋の暮らし その2
2011年09月15日こんにちは。
大家さんのための賃貸経営マガジン「オーナーズ・スタイル」
編集長の上田です。
木曜日は「雑学いろいろコラム」です。
今週は先週の続きです。
江戸の長屋の暮らしについてお話ししながら、
それにまつわる川柳を紹介いたします。
こんな川柳があります。
「店中の尻で大家は餅をつき」
店は、「たな」とよみます。
ここではお店(みせ)のことではなく、長屋を指しています。
長屋中の「尻」で、大家さんが餅をついてしまうというのです。
どういうことでしょうか。
この川柳はとても有名なので、
意味をご存知の方も多いと思います。
大家さんが、
長屋の住人のお尻~すなわち彼らがトイレに落とした
「糞尿」をもってお金に換えていることを
「お正月の餅代にしている」
と、からかっているのです。
江戸時代、
大都会である江戸で「大量生産」される人々の糞尿は、
実は大変貴重な、
農村においての肥料=下肥でした。
そのため農家の側では、
これを買うため、
わざわざ江戸を訪れたり、
馬や船を仕立てて、江戸まで往復させたりもしました。
農家が江戸に特定の契約相手を確保し、
お金で買ったり、野菜と交換したりする場合のほか、
下肥の取引を媒介する専門の問屋、
さらには小売業者も存在したようです。
取引価格も、
下肥の「品質」によって違っていたといいます。
なんと、
市場による下肥への選別・評価が成立していたのです。
ただ、どこのどんな下肥が
値段の高い「ブランド品」だったのかなど、
いまとなっては、
研究者にも、詳しいことはよくわからないようです。
話を長屋に戻しましょう。
賃貸住宅であり、集合住宅である長屋の場合、
その共同トイレから収穫(?)される下肥は、
大家さんのものでした。
江戸の長屋の大家さんというのは、
ほとんどの場合、
土地や建物のオーナーさんではなかったとされています。
地主・家主から長屋の管理の委託をうけた、
いわゆる管理人さんでした。
この管理人である大家さんが、
地主・家主から約束された収入源の一部として、
長屋の下肥の販売権があったのです。
ですので、
空室が無く、家族での入居が多いなど、
暮らす人々の数が多い長屋では、
下肥の生産量も豊富。
大家さんはいつもホクホク顔だったことでしょう。
そんな大家さんが、お正月のお餅をついて、
長屋中にそれを気前よくふるまったりなどすると、
口の悪い店子(たなこ・入居者)は、
「こいつはおれたちの尻でついた餅ですね」
そんなことを言って、からかったのにちがいありません。
とはいえ、
大家さんがもらう長屋の管理代金については、
もとから下肥販売権分も含めて計算されていた、
との話もあります。
ホクホク顔・・・どころか、
「下肥が売れるので、なんとか毎年、年を越せています」
そんな大家さんも、少なからずいたかもしれません。
来週も、
江戸の長屋の暮らしにまつわる川柳を紹介します。
川柳が描く江戸の長屋の暮らし その1
2011年09月08日こんにちは。
大家さんのための賃貸経営マガジン「オーナーズ・スタイル」
編集長の上田です。
木曜日は「雑学いろいろコラム」です。
江戸時代、
江戸ではたくさんの人々が、
賃貸住宅である「長屋」に暮らしていました。
当時の庶民の長屋での生活には
古き良き日本人の姿が感じられます。
長屋のなかでも、
もっとも数多かったのが、
「裏長屋」
と、呼ばれる粗末な住宅に住んでいた人々だったと
いわれています。
表通りから直角の角を曲がり、横丁の通りに入る。
間もなく、
また直角に曲がって、木戸をくぐり、
ふたたび路地に入る。
こうしてたどり着くせまい裏通りを挟んで向かい合っていたのが、
庶民の暮らす裏長屋でした。
ちなみにその広さといえば、
俗に言う「九尺二間」。
間口が九尺=2.7メートル
奥行きが二間半=4.5メートル
畳数で7.5畳
程度といった、大変狭いもの。
二階のついた建物もあったのですが、
この狭さでは階段を設けるスペースはなく、
上り下りは、
もっぱら梯子に頼っていたようです。
さらに、
もちろんのこと、お風呂はついていません。
入浴は銭湯で済ませます。
トイレも共同です。
しかも長屋とは別に路地奥などに建っていますので、
一旦部屋を出てから、
用を足さなければなりません。
水道も部屋までひかれているわけではなく、
共同の井戸、
あるいは水道桝(上水道がここに流れ込みます)まで汲みに行きます。
その水を部屋の水がめに貯めておきました。
こんな裏長屋に、
「江戸で手に職をつけ、独り立ちしよう」
などと意気込んで、
故郷の村を出てきた若者などが住み着きます。
しかし、
慣れない仕事、慣れない環境での厳しさ、寂しさにたえかねて、
つい、ひとり、
西日の差し込む部屋の中で膝を抱えるなどしてしまいます。
「屁をひって可笑しくもなし独り者」
そんな心境におちいることも少なくなかったにちがいありません。
すると、
そんなとき、不意に、壁が鳴ります。
ドンドン、と、
叩いているのはお隣さんのようです。
「椀と箸もって来やれと壁をぶち」
晩御飯に誘ってくれているのです。
若者はさっそく、
「はい!」
と、元気に返事をしました。
薄い板壁一枚が部屋と部屋を仕切るだけの裏長屋ですから、
隣人の声など、
普段から筒抜けなのです。
喜び勇んでお隣さんへ向かう若者。
若者には、
小さな裏長屋に片寄せあって暮らす江戸の「家族」が、
次第に、
出来つつあるようです。
「屁をひって可笑しくもなし独り者」
「椀と箸もって来やれと壁をぶち」
江戸の長屋暮らしを描く川柳をふたつ紹介しました。
お話は来週に続きます。
日本一古い「建物」の話
2011年09月01日こんにちは。
大家さんのための賃貸経営マガジン「オーナーズ・スタイル」
編集長の上田です。
木曜日は「雑学いろいろコラム」です。
今日は日本の古い建物のお話です。
建物が古くなることは、賃貸住宅オーナーさんにとっては
悩みの種のひとつです。
しかし、お寺、神社、お城などは、ちがいます。
歴史を経れば経るほどに、
その価値が増し、観光客も呼び寄せます。
では、
日本国内に現在建っている、一番古い「お寺」の建物は?
多くの人がその答えをご存知でしょう。
奈良の斑鳩にある「法隆寺」です。
正しくは法隆寺にある「西院伽藍」がそれにあたり、
建てられたのは7世紀の後半頃(もっとも有力な説)。
世界最古の現存する木造建築群でもあります。
ちなみに私の住む鎌倉のお寺で最も古い建物は、
神奈川県唯一の国宝建造物である円覚寺の舎利殿で、
15世紀(室町時代中期)の建築と推定されていますが、
西院伽藍より8世紀も後の建築ということになります。
では、「神社」の建物で、日本最古は?
こちらは、
ご存知の方は、お寺に比べやや少ないかもしれません。
京都府宇治市にある「宇治上神社」の本殿です。
建てられたのは11世紀の半ば頃とされています。
宇治上神社は、
「古都京都の文化財」として世界文化遺産に登録されており、
本殿と拝殿は国宝でもあります。
ちなみに私の住む鎌倉の神社で最も古い建物は、
14世紀に遡る可能性がある荏柄天神社の本殿ですが、
宇治上神社より3世紀も後の建築ということになります。
では、お城は?
お城の場合、
さまざまな建築物、構造物の集合体であると
いえますので、
ここでは多くの城の象徴である天守閣の建物について、
その現存する「最古」を探してみます。
福井県にある「丸岡城」がそれであるとされています。
但し、これは現存する天守が、
「天正4年(1576)、織田信長の命により、
柴田勝家の甥の勝豊がこの城を築いた」
と、記録された際に建てられたものである場合です。
「今の天守はもっと新しいのでは?」
「本当は犬山城の方が古いのでは?
(こちらは1601年築などの説あり)」
などの異論もあることを付け加えておきましょう。
さて、以上、
古い建物が多い、お寺、神社、お城の「現存最古」を
紹介してきましたが、
では、
私達にもっと身近な、「民家」では、
残されているもののうち、どれが一番古いのでしょうか。
こちらは神社やお城以上に、
広くは知られていませんが、
現存している各地の古い民家のうち、
室町時代の建築と見られるものが、数えると三つあります。
これらのうちどれかが、民家の「現存最古」であることに、
ほぼ間違いはないでしょう。
そのひとつは、
神戸市にある「箱木家住宅」。
さらには、
「古井家住宅」(兵庫県)
「堀家住宅」(奈良県)
ちなみに、
箱木家と古井家には、
「箱木千年家」、「古井千年家」と、
築千年ではないのですが、その古さを讃える通称が、
たびたび付け加えられます。
これらはみな、いまだに魅力的な価値の高い建物ばかりです。
賃貸住宅も、
古くなればなるほど価値が高まれば、
こんなにうれしいことはないのですが。